最近、古くからの友人である大石泰史さんから、ご著書をご恵送いただきました。
全く知らなかったんですが、来年の大河ドラマの時代考証を担当されるんですね。
久しぶりに連絡を取って、御礼とともにお祝いを伝えさせていただきました。

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この本を贈っていただいたのは、古くからの友人だということもありますが、約20年前に井伊次郎法師直虎の唯一の関連史料といってもよい、遠州井伊谷徳政についての論文を書いたことにあると思っています。
大石さんのご著書でも、拙稿への批判や異論はもちろんありますが、大筋で積極的に評価して取り上げてくださり、光栄に思っています。
史料としては遠州井伊谷徳政関連ぐらいしかなくて、系図類に女性だという記述がある以外はよくわかっていない人物を主人公に、1年間どうやって話をもたせるのか、そもそも何でこの人物が選ばれたのか、部外者には全く以て理解できません。
時代考証のお役目には、きっとご苦労も多いのではないかと拝察します。
大石さんにはぜひよいお仕事をしていただき、今後のご活躍に結びついていけるよう、心から願っております。

大石さんは30年近く、今川氏と駿遠豆についてご研究を積み重ねられてきた研究者ですから、便乗商法(失礼)のように次々と出てくる類書に比べれば、これまでの研究の蓄積をきちんと踏まえ、理解されたうえで書かれているはずだという信頼感があります。
その大石さんによれば、遠州井伊谷徳政については、1995年までの「通説」、1995年の拙稿の新解釈、そして2001年初出の大石論文を踏まえた今回のご著書というのが、これまでの研究の推移であるようです。
研究史的にみても、そんなに注目されてきたわけでもないんですよね…。
だとすれば、ますますいったい何で…。

拙稿については、初出の『静岡県史研究』はもう入手困難でしょうから、拙著『戦国期の徳政と地域社会』(吉川弘文館、2001年、ただし品切れ)、あるいは池上裕子・稲葉継陽編『展望日本歴史12 戦国社会』(東京堂出版、2001年)にも採録されていますので、関心のある方はご一読いただければ幸いです。

いま振り返ってみても、この論文はその後の自分の研究の方向性を確立したという点で、重要な意味を持つものになりました。
戦国大名の行う徳政とそれを受け止める在地社会、徳政令のはざまで生き残りをはかる銭主、それぞれの動きを地域社会の中でとらえようとした研究視角と方法は、徳政、蔵、有徳人、村・町の在地社会をテーマに、地域社会の中でその実態と歴史的意義を追究する拙著へと展開していきました。

遠州井伊谷徳政の論文は、もともとは修士論文の中心テーマにしたかったものですが、構想段階で後北条氏の徳政令と蔵の問題に大きくシフトしたため、棄ててしまうのはもったいないと、補論のかたちで修士論文に組み込んで提出したものです。
D2のときに、指導教員である村井章介先生のご推薦で静岡県史編纂委員会に加えていただいた際に、『静岡県史研究』への掲載を薦めていただいた記憶があります。
同時に、委員のお一人であった有光友學先生には、夏の戦国・織豊期研究会での報告を薦めていただき、当時はまだ中堅・若手でもあった、戦国期研究者であれば誰もが知っている錚々たるメンバーたちと面識を得ることができました。
ある意味で、駆け出しの研究者の名前を知ってもらう、名刺代わりのような報告でした。
そして『静岡県史』通史編の執筆の際に大石さんと知り合い、豪華な執筆陣に交じって仕事をすることになります。

大石さんのおかげで懐かしく思い出した、約20年前、まだ20代の頃(笑)の話です。
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