今日は3回目の古文書整理でした。
長くなりそうなので、久しぶりにブログに書きます。
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まず、仕事帰りのNさんに寄っていただけたので、カビ除去などのクリーニングをご指導いただきました。
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この束、いつになったら終わるんでしょうか…。でも、みんなでがんばりましょう。
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今日は新しい動きがいくつも。
3年生にも早速、目録作りに関わってもらうようにしました。
4年生には指南役(?)というか、サポートに入ってもらいました。
古文書辞典も使い慣れていない後輩たちをていねいに指導してくれて、どうもありがとう。
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徳竹先生の発案で、今回から目録作成と撮影を並行して行う試みも始めました。
撮影が快調に進む一方で、目録作成が滞ってばかりの現状を打開するための一案です。
まだ試行錯誤の段階ですが、うまく行けば、撮影と画像のチェック、目録作成を同時並行でできるようになるかもしれません。
当然、機材もたくさん必要になります…お金もいるし…でも、先生たちみんなでがんばるよ。
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終わった後は、いつも差し入れしていただくKさんからの果物と飲み物を頂戴しました。
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そして、わたしの人生でもっともお世話になっている方からの下賜品も分けっこしました。
伊丹空港のゆるキャラだそうですが、どことなくFUREのめばえちゃんに似ている気も…。
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わたしの好きなあるバンドの曲に“逆風”というのがあるのですが、何となく聴きたくなって、10年ぶりぐらいにかけてみました。
今は何となくそんな気分です。
モヤモヤしてすっきりしない気分のときに、Heavy Metal の激しく美しき調はやっぱ最高です(・ω・)
福島にいてはできないけれど、久しぶりに大人の爆音のひとときを満喫したい気分になりました…。
今夜は、恒例となった考古学・文化史・地域史3ゼミ合同の新ゼミ生歓迎会でした。
お気に入りのお店を会場とするのは、これで3回目でしょうか。

残念ながら若干の欠席者もいましたが、それでも教員を含めて約40名の参加者を得ました。
着任した6年前は、考古学・文化史で10名程度しかいなかったことを思えば、ここまで大きくなったかと、隔世の感があります。
それはやはり、今までの卒業生たちがわれわれのゼミを評価し、選んでくれたおかげでもあるので、あらためて感謝しないといけないですね。

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最初は3年生の緊張した表情も散見されましたが、美味しい料理とビールを堪能し、全員の自己紹介の一言が終わった後はリラックスしたようで、あちこちでテーブルを移動しては、ゼミや学年の枠を超えて楽しく交流し、盛り上がっていました。

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歴史系ゼミは他ゼミと比べても、ゼミ・実習・学内外活動と、一緒に過ごす時間が圧倒的に多いせいか、緊密な関係になるんでしょうね。

これから時間をかけて、卒業する頃には「このゼミを選んでよかった」と心から言ってもらえるようなゼミ大好きっ子にできるよう、たっぷりと愛情をかけて指導していきたいと思っています。

卒業生のむーさんが「うちのゼミは、思いっきり楽しむときと真剣に取り組むときのメリハリがしっかりできているところがいいところだと思います」と言ってくれました。
何年経ってもみんなに変わらず同じことを言ってもらえるよう、気を引き締めてがんばっていきます。

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気がつくと、きちんとブログの記事を書くのはまる1か月ぶりになっていました。
この間、第2回全国史料ネット研究交流集会が無事終了し、その後の片付けや卒業式、たまった原稿+新規の原稿の仕事をこなしていたら、あっという間に入学式、新入生ガイダンスの仕事、そして新学期が始まっていました。
facebookページの方は比較的手軽かつ簡潔に記事を書いて写真を紹介できるのですが、ブログとなると、やはりまとまった内容をしっかり書こうと、ついかまえてしまうので、滞りがちになってしまったのかもしれません。

本当ならば、第2回全国史料ネット研究交流集会のことを記事に書かなければならないのですが、その内容があまりにも多いかつ重いものなので、いつか振り返りながら書くことになると思います。
いちおう『福島民友』4月6日号の文化面に寄稿させていただきましたが、残念ながらネットで記事は配信されませんので、どこかでお読みいただけるようにお願いしてみます。

さて、久しぶりにブログを書こうと思ったのは、『福島民報』の「県主体で設置、運営 アーカイブ拠点施設」という記事を読んだからです。

震災アーカイブ施設については、同僚の菊地芳朗さんが『ふくしま再生と歴史・文化遺産』(山川出版社)のなかで、アーカイブ施設を含んだより幅広い「震災ミュージアム」構想を提起されるなど、以前からその必要性が叫ばれていました。
昨年ごろから県への設置要望の答申が出され、新年度になってようやく実現への第一歩を踏み出したようです。
本来ならばたいへん喜ばしいものなのかも知れませんが、手放しでそうもできないところがあります。

現段階では構想の具体的中身が見えていないので何とも言えませんが、博物館や自治体が独自に震災遺産の保全・収集やアーカイブ事業に積極的に取り組んでいるのに比べ、県の取り組みはまだまだ不十分です。

第2回全国史料ネット研究交流集会で話を聞いた方であればお分かりのように、大震災の経験を後世に伝えようとする他県、防災意識の高い他県、地域再生のために歴史・文化遺産を必死に護ろうとする県内自治体の取り組みやその言葉には、学ぶべきものがたくさんありました。
でも、あの会に、はたしてどれだけの県関係者が出席していたのでしょうか。
もしおいでだったのであれば、アーカイブ施設の問題について何かしらの発言はいただきたかったところです。

本来ならば、福島県はあの悲惨な震災・原発事故の経験に基づいて、歴史・文化遺産・震災遺産の保全と継承、研究活用、文化遺産防災などについての先駆的取り組みをなしてもいいはずなのに、残念ながら他県や県内自治体のはるか後塵を拝しているのが現実です。
それなのに「オリンピックに間に合わせる」ために、わずか2年間できちんとしたものを構想・準備できるのでしょうか。

また、言葉尻をとらえるようかもしれませんが、「再生の歴史と未来館」という名称も気にかかります。
もし震災と原発事故を起点に被災から復興の歴史を語るものに終始するのであれば、それこそ富岡町や双葉町の皆さんが懸念しているような「震災・原発事故を起点に地域の歴史が語られ、それ以前の豊かな歴史との断絶が生じてしま」い、「自分たちが郷土への愛着とアイデンティティを素直に抱き、表明できなくなる」ことになりかねないのではないかという疑念もわいてきます。

なぜあのような未曽有の事故が起こったのか、その歴史的経緯を含めて検証するためには、関係資料をしっかりと保全・収集し、多分野からの学際的な研究を保障する環境整備や人員配置も必要です。
国が財政負担するとかしないとか言っていますが、国が関与せずに県独自でやるほうがむしろ、国の意向に左右されず、フリーハンドで原発関連資料を収集・公開し、研究することができるのではないかとさえ思います。

とにかく、きちんとしたものを作るには、それ相応の準備のための時間と手間が必要だと思うのです。
それでももしオリンピックに間に合わせようとするのであれば、一方ならぬ集中力と労力をかけて取りくまなければならないでしょう。
もちろん、目標を定めて集中的にやった方が、結果としていいものができることもあるので、ただ時間をかければいいというものでもないでしょうが。

願わくは必要な時間をかけて、県が主体となってできるだけ多くのアーカイブを収集・保全し、被災地の住民に寄り添いながらその思いを丁寧に汲みとり、震災アーカイブの保全や収集に関わった関係者や専門家たちの多様な意見にも真摯に耳を傾けながら、議論を尽くした上で県民の英知を結集し、皆が納得してよかったと思える、後世の人たちに意義あるものを作っていただきたいものです。

ふくしま史料ネットのfacebookページに掲載するにはふさわしくない、一個人の見解ですので、久しぶりにブログ記事に書くことにしました。

今度はぜひゼミの楽しい話を書きたいものです(・ω・)

※事実誤認があったことを踏まえ、表現を修正するなどしました。
 ちょっと行き過ぎた部分もあったので、あわせて手直ししました。趣旨は変わっていません。
 ご指摘をいただき、ありがとうございました。