昨日は今年度3回目(4回目だったかな…)、そして年度内最後の富岡町資料の整理作業でした。
学期末試験が終了して授業がないこともあってか、30名以上の学生が参加してくれました。
人数が多いことがわかっていたので、ボランティアは少なめで募集したのですが、それでも4名の皆様にご参加いただきました。ありがとうございます。
卒業を間近にした4年生たちもたくさん来てくれました。
わが文化史ゼミはから3年生全員、進学予定の2年生もほとんどが参加してくれました。4年生も5名来てくれました。
教員からは菊地先生が参加してくださり、本学の日本史の4教員が勢揃いしました。

道が混んでいたようで、10時を少しまわったころ、大型バスが会場に到着し、現地集合組と合流。
徳竹先生が事前に上級生と初めての参加者のペアを組んでシフトを用意してくださり、午前中は撮影と目録作成に分かれて作業にとりかかりました。

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それにしても、毎度のことながら、学生たちの成長ぶりは目を見張るものがあります。
ついこの間まで何をしていいのか右往左往していた連中が(失礼)、2年生に付き添ってしっかり指導してくれているんですからね。
そんなふうに感じるのは、年齢を重ねるともに異常なまでのスピードであっという間に過ぎ去っていく時のせいかもしれません。
2年生ものみこみ早く、上級生のサポートなしにひとり立ちするようになっていました。

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菊地先生とボランティアの皆様には、埃を被った資料のクリーニングという一番たいへんな作業に取り組んでいただきました。
これがなければ撮影には入れません。ありがとうございます。

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いつものように全員で丸く椅子を並べてとはいきませんでしたが、3つぐらいの輪になって仲良く昼食。
心なしか、会話も弾んでいるように聞こえます。

午後はメンバーを入れ替え、撮影、目録作成、パソコンのデータ入力の3グループに分かれて作業。
手の足りないところ、余ったところで臨機応変に入れ替わり対応してくれました。

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最終的に、目録カードは約60枚、1枚あたり約10件を記載しますから、単純計算で600件の資料を撮影し、目録をとったことになります。点数にすれば1000点を越えていたかもしれません。

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帰りの挨拶で、富岡町の門馬さんが「富岡町の成り立ちと富岡・夜の森」同時開催「富岡町震災遺産展~複合災害とこれから~」展についてご紹介くださいました。
「展示が開催できたのは、福大の皆さんに資料を整理していただいたおかげです」というあたたかいメッセージとともに、今まで参加してくれた学生たち一人一人に、感謝のこもった展示の案内をいただきました。

富岡町の成り立ち_チラシ (1)

富岡町の成り立ち_チラシ (2)

学生たちも、自分たちが関わってきたことの意義について捉えなおす、いい機会を与えていただけたのではないでしょうか。
こういうのがまさに「生きた学び」なんだろうと思っています。
福島市内からだと、同じ県内でもいわきは意外と時間がかかり、交通費も決して安くはないのですが、富岡町役場プロジェクトチームの皆さんの思いを受け止めて、一人でも多くの人に足を運んでもらえたらと思っています。

来年度以降も継続していけるよう、教員もがんばりますので、またよろしくお願いします。
おつかれさまでした。

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大学は目下、正規試験期間中です。
東日本大震災から5年の節目を迎えようとしている今日この頃ですが、そんな中、震災直後に開設された福島大学避難所にかかわる資料の記録整理にとりくみました。

話は遡ること4か月ほど前。
9月26日~10月6日の11日間にわたる福島大学での「震災遺産とふくしまの記憶」展開催にあたってシンポジウムを行いましたが、その中で報告を依頼した同僚の鈴木典夫さんから、数々の避難所資料の存在をご紹介いただきました。

福島県内には避難所の掲示物などのまとまった資料が残っておらず(残っているという情報は知りません)、県外では長岡市図書館(南相馬などからの避難者を多く受け入れた避難所の資料)、筑波大学加須にあった双葉町役場・避難所の資料)が知られています。
その意味でも、福大避難所資料は東日本大震災における福島県の震災資料として、また大学史の資料としてもたいへん貴重なものだと言えます。

一方、以前から学内の有志で活動していた貴重資料調査会を基盤に、2015年度から福島大学資料研究所が発足しました。
今回は、資料研究所の活動の柱でもある学内の貴重資料の情報収集と記録整理・保全の一環として、避難所資料の整理の協力を申し出たというのが経緯です。

作業は福島大学うつくしまふくしま未来支援センター(FURE)を借りて行いました。
呼びかけに応じて文化史・地域史ゼミの13名の学生が作業に参加してくれました。
終わったあとで気づいたのですが、文化史の4年男子5名が全員いるではありませんか…。
卒論発表会を終えて一息ついているであろうに、嬉しいですね。

作業手順は、基本的にいつもの資料整理と同じなのですが、掲示物や配布物が主なので、説明を聞かないとわかりませんし、説明とともに記録しておきます。
そこで、避難所の運営に携わった院生のIくんに指導をお願いし、関連情報とあわせて目録を作成することにしました。
1点ごとに番号を振って封筒を用意し、用紙に情報を書き込んでいきます。

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整理の終わった資料は封筒とともに集められ、番号順に整理されたのち、写真撮影にまわされます。

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震災当時の緊迫感が伝わってくるような資料もあります。

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中には大型資料もあったので、ここは秘密兵器の大型スタンドの出番です。

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記録整理の終わったものは封筒に詰めて、文書箱に収められました。

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午後にはメンバーを入れ替えて作業を継続しました。

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手書きによる目録作成が終わったので、今度はパソコンにデータを打ち込んでもらいました。

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今日の資料以外にも、学内に避難所資料が分散されているとの情報もあり、今後とも機会を見つけて調査できればと思っています。

それにしても、あちこちから笑い声が外にまで聞こえてくるくらい楽しそうにやっていて、みんな本当に仲良しだね。
4年の男連中なんて、2年前はお互い会話もせず、休み時間になると一斉にスマホをいじってたのにねぇ…。
はっきり言って変な奴らばっかりですが(特に男)、今どき珍しいくらいまっすぐで、学年や性別、ゼミを問わず、仲良く笑いの絶えない学生たちを見ていると、やっぱり福島大学の教員でよかったなと思います。
卒業しても、たまには資料整理を手伝いに来てね。福島を離れたらちょっと無理だけど。
2月5・6日の両日にわたり、卒論発表会が行われました。
昨年度は8名を何とか1日で収めていたのですが、今年度は文化史ゼミだけで9名の予定でしたので、地域史ゼミの卒論・修論各1名と一緒に計11名で合同で実施することにしました。
結局、2015年度の文化史ゼミは8名が卒業論文を提出しました。

振り返れば11月、鎌倉へのゼミ旅行でたくさんの楽しい思い出をつくって帰ったのち、最後の卒論構想発表をさせました。
正直、今まで何をやってきたのかと言いたくなりました…というより、言っちゃいました。
何とかものになりそうなのがはたしてどれだけあるだろうか…かなりの不安に苛まれました。

12月もあと少しというところで、とりあえず下書きを出させました。
年明け早々に目を通したところ、はぁ……(+o+)
なんでそんなことまでしなければならんのだと、やり場のない憤りを覚えつつ、かといって無視して放っておくこともできず、文章のイロハから悉く手直しをして、真っ赤にして送り返しました。
彼らにしてみれば、かなりショックだったみたいですね…。
それから一人一人、目の色が変わり、深刻そうな青い顔をしながら卒論と格闘する姿が見られるようになった気がします。

そして卒論を提出し、週末の卒論発表会へ。

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自分のいいたいことをきちんと伝えることができた学生もいれば、時間配分がうまくできずに自分の主張を十分展開できなかった学生もいました。
フロアから次々とあがってくる質問に、頼もしくなるくらい自信をもって堂々と答える学生もいれば、しどろもどろになって答えに詰まる学生もいました。
卒論自体が大事なことは言うまでもありませんが、その成果を卒論発表会でみんなにわかってもらえるように伝えることができるかどうか、質疑応答にしっかり対応できるか、そこもまた大事なところなんです。

でも、どの学生も卒論と真摯に向き合い、本気で格闘し、努力の成果をしっかりとかたちにすることができたと思います。
そして、叱咤激励にきちんと結果で応えてくれた誠実さは、最大限ほめたいと思っています。

初日の卒論の発表が終わったのち、目にうっすら涙を浮かべて、研究室の前でずっと待っていた学生がいました。
最後の舞台である卒論発表会の場で、自分の納得いく発表ができなかったことが本当に悔しかったんだそうです。

たしかに、もう卒論発表会に臨むことはないわけだし、やりなおしはききません。
でも、自然とそんな気持ちになれたのは、それだけ卒論に真摯に取り組んだ証でもあります。
この悔しい気持ちを忘れないことが、いつか必ず人として大きく成長させてくれるものと信じています。
そして、そんな学生を自分のゼミ生として受けもつことができたことを自慢したいと思います。
こんなに真剣に卒論のことを考えているやつなんて、そうめったにいるもんじゃないよ。

2日目の発表会は土曜日ということもあり、卒業生が何人も来てくれました。
彼らの存在は、学類生たちにはいい刺激となったはずです。
そして的確な質問と助言には「さすが」と(ただでさえ細いのに、さらに)目を細めてしまいます。
4年生も卒業したら、こういう先輩になってもらいたいものです。
かんのくん、しょうたくん、とおるちゃん、そして地域史のあすかちゃん、ししどくん、どうもありがとう。
しょうたくん、とおるちゃんには差し入れまでいただいてしまいました。気が利く大人になったねぇ(笑)。
フル回転して酷使した脳を、糖分がやさしくいたわってくれました。
ごちそうさまでした。どうもありがとう。

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最終日の夜には、考古学・文化史・地域史3ゼミ合同での慰労会が催されました。
それぞれのゼミの人数が多くなったことで、年度初めの新ゼミ生歓迎会と年度末の慰労会は、一堂に会する貴重な機会となっています。

しっかりと卒論のことを話す者もいれば、しきりに反省の弁を述べる者もいたりと、これまた悲喜交々でした。
何にしても、発表を終えた学生・院生の思いの込められた一言一言は重みがあり、いずれ卒論・修論を書くことになる後輩たちへの生きたメッセージとなったはずです。
とはいいつつ、その教訓をなかなか生かしてもらえないがために、来年度も苦労するであろうことは今から目に見えているのですが…(苦笑)。

何はともあれ、おつかれさまでした。
みんな楽しそうでよかったよ。おれは疲れたけどね…。
続きは追いコンの席にて。

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