昨日は、双葉町・富岡町から搬出された文化財のレスキュー支援(その1)について書きました。
昨日と今日の(その2・3)は明日の夜にでも書こうと思っていたのですが、今日の作業が思いのほか早く終了したので、もう書いてしまいます(笑)。

(その2・3)として、埼玉県加須市に避難していた双葉町役場がいわき市内に移転するにあたり、併設する避難所の分を含めて、関係資料を保全する取り組みに参加した話をご紹介します。

双葉町役場(加須)

この事業は、筑波大学の白井哲哉さんと双葉町役場教育委員会の吉野高光さんが中心となり、双葉町の了解のもとで、全史料協の林貴史さんの指導により、茨城ネット、神奈川ネット、宮城ネット、NPO法人歴史資料継承機構などのメンバーや有志、そして学生たちが参加して行われました。

東日本大震災以降、震災の記録、経験、記憶をさまざまなかたちで後世に伝えようとする取り組みが行われています。
よく知られたものに、東北大学震災アーカイブプロジェクト みちのく震録伝があります。

その基礎資料となるのは写真であり、映像であり、証言記録であったりするわけですが、紙資料ももちろん重要です。
中でも、被災者の生活の様子を克明に伝える避難所の資料は、過去の災害の経験からもその保存の重要性が指摘されています。
しかし、掲示物や配布物などは、日常の光景の中に当たり前に溶け込んでいて、誰しもが目にし手に取るありふれたものだけに、後世に残せば貴重な資料となるという発想は、その場にいてもなかなか出てこないでしょう。
そもそも、生活するのがやっとというあの混乱の中で、後世のために資料を残そうなどという気持ちの余裕は、当事者にはなかったはずです。
また、個人情報を多く含むものであるために、使い終わったらしっかり廃棄しなければという意識も強いのだと思います。
だから、外部からのはたらきかけと関係者の理解がなければ、簡単には残らない資料だと言えます。

確認をとったわけではありませんが、福島県内の避難所関係資料はほとんど廃棄されてしまったと思います。
よほどのことがなければ、今から見つけ出そうとしてもほとんど無理でしょう。
ちなみに、福島大学では避難所が開設されたときの資料が残されていると聞いています。
一方、県外では、南相馬市の住民の避難先の一つである新潟県長岡市で、図書館職員の尽力により避難所の資料が保全されています。
そういう意味でも、約2年に及ぶ双葉町役場および避難所の資料は、両者が同じ建物内で近接していたという特異な状況も含めて、貴重なものになるはずです。

詳しくは白井さんたちの今後の成果に委ねることとして、このブログでは、こんな作業があったという簡単な紹介をしたいと思います。
なお、作業していると写真はなかなか撮れません。また、撮影した写真は基本的に資料であって、個人情報の保護も含めて厳重に管理されなければなりませんので、むやみに転載すべきでないと思います。
差し障りないものは写真を載せましたが、しばらくは味気ない文章で御勘弁ください。

① 現状記録の写真撮影
 壁に貼ってある掲示物などがどこにあったのかなど、あとで現状確認ができるように写真を撮っておきます。
 なお、避難所の一部住民の方には、ご理解とご協力を得て、生活の様子を記録させていただいたとのことです。

②資料の回収
 使わなくなった掲示物などをきれいに剥がして、保存箱に収めます。各地から寄せられたメッセージ類も大事に保全されていました。
 所定の箱の大きさに収まりきれないものは、文書箱を2つ重ねて横長にしたり、段ボール箱を組み立てて特製箱を作ったりと、工夫していました。

加須作業風景20130629①

加須作業風景20130629②

③梱包
 それでも収まりきれない大きな作品、絵画類などはエアーキャップで包んで保護します。

加須作業風景20130629③

④保存状況の確認
 各階、各部屋、施設ごとに集積したのち、保存箱などに現状記録がきちんと記載されているか、資料がきちんとした状態で保全されているかなど、搬出前の確認を取ります。

おおよそこのような作業を6月前半と月末で計5日間、延べ70名くらいでしょうか、皆で取り組みました。
私もうち4日間参加しましたが、いろいろな意味でいい勉強をさせていただきました。

さて、ここからは雰囲気を変えて、おまけコーナーです。

今日はたまたま支援団体の炊き出しがあり、我々もお相伴にあずかりました。
カレーとナンです。ラッシーもついています。

昼食20130630①

何とデザートもありました(食いかけマンゴーで失礼)。
サクランボはみんな双子ちゃんです(・ω・)。

昼食20130630②

昼食20130630③

上の写真のライチかあんず、はたまた巨峰か梅干し(笑)みたいなもの、インドのお菓子だそうで、ネットで調べたところ「グラブジャムン」というのだそうです。
「世界一甘いスイーツ」「一言で言うと『ドーナツのシロップ漬け』」と書いてありましたが、そこまででないにせよ、たしかに甘いお菓子(というよりシロップ)でした。

歌と音楽のプレゼントもあったりして、アットホームなひとときをご一緒させていただきました。

昼食20130630④

最後にもう1枚。
作業場所には双葉町の航空写真が掲示されていますが、自宅付近を撮影する茨城大院生のIくんです(イニシャルにしても意味ないぐらい、皆さんご存知でしょうが…)。

加須作業風景20130630①

彼は震災がなければ、全く違った進路を歩んでいたのかもしれません。
今は出身地である双葉町、そして福島県の歴史資料と文化の保全に関わりたいという強い使命感をもちながら、茨城ネットを支える頼もしい人材の一人です。
彼のような若者が、将来の福島県の歴史と文化財を支える担い手となってくれることを期待し、現在鋭意製作中の『ふくしま再生と歴史・文化遺産』でも急遽寄稿してもらうことにしました。

ちなみにIくんは、このブログの読者なのだそうです。物好きですねぇ(^_^;)。
拍手をもらおうと彼をよいしょしたわけではないので(笑)、念のため。
昨日の福大行政の学生たちもそうですが、こういう若者たちがいることが本当に心強い限りです。

参加した4日間の活動を通じて、また新しい「人とのつながり」ができました。
象牙の塔に閉じ籠っていては、一生出会うことのなかった方たちとの不思議な縁です。
福大に着任した当時は、3年も経たないうちに、こんなに人間関係が広がっていくなんて想像すらできませんでした。
歴史や文化に対する熱い思いを同じくする仲間たちとの出会いに感謝するとともに、このご縁を今後とも大事にしていかなければと思っています。
今週の私は、金曜日から日曜日まで連続して資料レスキュー(の予定)です。

昨日、初日の金曜日は、双葉町・富岡町から運び出されてきた文化財を仮保管場所へ搬入する作業のお手伝いでした。
2011年夏から始まった双葉町、大熊町、富岡町での文化財レスキューは、国の被災文化財等救援委員会がこの3月に解散した後も、福島県文化財等救援本部が関係機関の支援を得ながら引き続き取り組んでいます。
ちなみに、福島大学(うつくしまふくしま未来支援センター歴史資料担当)は、発足当初から救援本部の幹事機関の一つになっています。
この4月からは、福島県立美術館とふくしま史料ネットも新たに幹事機関に加わりました。

行政政策学類歴史系ゼミの教員と学生が旧警戒区域外でボランティア活動に取り組んできたことは、行政有志ブログでも幾度となく紹介してもらいました(6/17付ブログを参照)。今回もその一環になります。

作業の様子については、いずれ学生たちにレポートしてもらうことにして(笑)、今日は写真だけのダイジェスト版でご紹介します。

資料レスキュー20130628①

資料レスキュー20130628②

資料レスキュー20130628③

資料レスキュー20130628④

皆さん、どうもおつかれさまでした。いつもの記念写真を撮っていただきました。
それにしても、この前列のやたらでかく写っている男たちはいったい…(苦笑)。

20130628-20

この日は思ったより早く終わったので、先に帰った学生たちを除き、帰りがけに相馬市の中村城跡を見学しました。
写真は、撮影に興じる学生たちです。彼女たちなりに撮影ポイントの「ツボ」らしきものがあるようです(笑)。

相馬中村城跡20130628①

相馬中村城跡20130628②

途中で、徳竹先生が人懐っこいねこちゃんに出会いました。
お城にいるということで、「彦根のよいにゃんこ」ならぬ、「相馬のよいにゃんこ」かも知れません。
ねこちゃんはWさん(自主規制)の膝にのって超甘えん坊モードです。

相馬中村城跡20130628③

よいねこちゃん(限定)好きのA先生(匿名希望)にもめっちゃ甘えてきました(・ω・)。
よいねこちゃんはやさしい人がわかるんですねぇ(→自分で言ってりゃ世話ねえや、なんてつっこまないでください)。

ねこちゃんとの交流

気づいたら、WさんとA先生は置いてきぼりにされていました…(+_+)。

小雨が降るなか、菊地先生の先導で城跡めぐりです。
本丸跡で、菊地先生に記念写真を撮っていただきました。

20130628-33

実は、研究室HPのtopにもさりげなく学生たちの写真を載せておきました。
みんな、とっても楽しそうですよ。
よいにゃんこたち、じゃなかった(失礼)、本当によい学生たちです。
いつものことながら、明るく、そしてひたむきに取り組む若者たちの姿を見ていると、清々しい思いがします。
歴史に関心があるからこそ、文化財等の保全に一所懸命になってくれるんでしょう(←期待を込めて)。
身びいきかも知れないけれど、まさしく行政政策学類生ここにあり、って感じですかね。

同じことは、全国各地で歴史資料保全活動に取り組んでいる多くの学生さんたちにも言えます。
今日(土曜日)は、茨城大や筑波大の前途有望な頼もしい学生さんたちと、心地よい汗を流してきました。
その話は、機会をあらためて。
今日は珍しいぐらい早く教員会議が終わったので(といっても、そのあとに教務委員の仕事がたくさんありましたが…)、ちょっとブログを(笑)。
その前に、研究室のPCの壁紙を気分転換してみました。
同僚でわかるのは真歩仁先生ぐらいかな…(笑)。

今日のPC壁紙

さて、今週は金曜日から週末にかけて資料レスキューが続く予定です。天気が心配です。
7月は毎週のように、何かしら関連事業が入っています。
そこで、いま私が多少なりとも関わっている歴史資料保全活動のいくつかを簡単にご紹介します。
今後のブログの予告編になるかもしれません。

①原発事故災害地域の文化財レスキュー
 国の被災文化財等救援委員会の解散後も、福島県被災文化財等救援本部がレスキュー活動を継続しています。私は授業が重なることもあって、なかなかお手伝いできていませんが…。今週はがんばるぞ(笑)。

②シンポジウム記録の出版
 2月にうつくしまふくしま未来支援センター主催で行われたシンポジウム『ふくしま再生と歴史・文化遺産』の出版の準備を進めています。秋頃の刊行をめざしています。

③いわきでの歴史資料保全活動
 茨城ネットにご尽力いただいた個人蔵の歴史資料の保全に向けて、関係機関と協力しながら動き出しています。

④東北大学災害科学国際研究所との共同プロジェクト
 これは機会をあらためてご紹介します。

山形ネットのお手伝い
 行社OBの小林貴宏さんには、学生ともども、いい勉強をさせていただいています。また集中作業の機会があればよろしくお願いします。

⑥国見町での歴史資料保全活動
 国見町とは震災以来のおつきあいです。本格的な調査はどうしても夏休みや春休みになってしまいますが、今年も新たな調査の依頼が来ており、協力関係は順調に進んでいます。春の調査でも歴史資料がどっさり見つかって、嬉しい悲鳴をあげています。
 教育委員会では大栗さん(院・考古学)に続き、4月から私のゼミの卒業生もお世話になっています。彼とキャッチボールをするのを楽しみにしています(笑)。

⑦古民家の保全を考える会
 国見町の大栗さんを通じて、古民家の保全に尽力されている三浦工匠店さんと面識を得ることができました。福島の古民家を守ろうという所有者や建築関係者の会合にも顔を出させていただいています。
 そうそう、来月には古民家を借りてゼミ(!)をやる予定になっています。自分でいうのも何ですけど、なかなかおしゃれで、いいアイデアですよね。

その他、しばらくしたら公にしてもよさそうなものは、機会をあらためて。

これ以外にも、小林清治先生の著作集や、たまった依頼原稿(関係者の皆様、申し訳ございません…)、最近では少しずつ地元での講演も依頼されるようになり、もちろん本務の授業や学内行政(最激務職の一つである教務委員、しかも教務委員長です、一応)もあって、よくもまあこんなに抱え込んでいられるものだと、我ながら感心しています。

でも、振り返ってみると、それらはいずれも独りではなく、仲間がいて初めてできることでもあります。
自分以上にがんばっていて、熱い思いで引っ張ってくれて、いろいろなかたちで助けてくれている周囲の仲間たちがいるからこそ、何とかがんばることのできる自分がいます(恰好つけて言っているわけではないですよ、念のため)。
こんなところで唐突ですが(笑)、そんな皆様に心より感謝申し上げます。
きっとこのブログは読んでいないでしょうけど(苦笑)。
昨日(日曜)は恒例の研究会でした。
さて、私はどこにいたのでしょう(笑)。

仙台にて20130623

その研究会のメンバーを中心に、福島大学名誉教授の故小林清治先生の著作集を出そうと動いています。
私の怠慢もあり、何か発表できるほど進んでいませんので(冷汗)、詳しくはまたの機会に。

さて、小林先生といえば、研究者はもとより、県内の関係者であれば誰もがその名を知っているであろう、伊達氏研究の第一人者であり、福島県内の自治体史編纂に多く関わってこられた先生です。
伊藤喜良先生にうかがったところでは、1987年に行政社会学部が新設されたときに、教育学部の小林先生のポストを使って2名採用できることになり、考古学の工藤雅樹先生と中世史の伊藤先生が着任したそうです。
したがって、小林先生→伊藤先生→私、という福大中世史の流れが続いていることになります。
一応の「3代目」として、「初代」や「2代目」と違い、あいつはろくに研究も仕事もしない、と陰口たたかれないようにがんばらないと…(苦笑)。

行政社会学部の売りの一つが「多様な資格が取れる」ことにあり、工藤・伊藤両先生は協力して博物館学芸員資格を出す役割を担ってこられました(現在は菊地先生と私)。
2004年、学部数を増やせない中で理工系の学部を新設するための苦肉の策として、表向きは人文と理工の2学部、内実は教育・経済・行政と理工の4学部という、今の学群・学類方式が採られ、全学再編が行われました。
あわせて、学類の名称も変えなければならなくなり、結果として今の行政政策学類になりました。
2005年に第1期生を迎え、この3月で行政社会学部の在学生がいなくなったことで、名実ともに行政政策学類の時代を迎えたことになります。

行政政策学類は、法学・政治学・社会学・文学・歴史学・教育学など、多彩な専門分野の教員が集まっているところです。経済以外の人文系はだいたい揃っています。
ですから、実態としては人文学部、法文学部という名前がふさわしいのだと思います。
そう考えると、日本史の教員がいても不思議ではないでしょう?
でもやっぱり「行政政策学類」なんですよ…。

しかも「行政政策学類」の名前自体、福島で定着しているとは思えません。
多くの方が未だ「教育と経済なら知っているよ」とおっしゃいます。
「何というところですか?」と何度も聞き返されることも少なくありません。
もうすぐ10年というのに、県民にもなかなか覚えてもらえないみたいです(+_+)。

今の名前をよしとする人も、変えた方がいいという人もいるでしょう。
もし変わらないのであれば、やはり「行政政策学類でも日本史が学べる」ことをアピールしつづけるしかないのかな、とも思っています。
いつの日か、このブログを始めてよかったと思える日が来るように…。
予想通り、ブログの更新が途絶えました(苦笑)。
趣味のブログなら、気軽に書いて次々とUPできるんでしょうけどね…。
でも、頻繁に更新しているとよっぽど暇だと思われるので(笑)、このくらいがちょうどいいのかもしれません。

さて、今日は木曜日に行われた、博物館実習の学内実習の一コマです。
この日は外部講師をお招きして、学芸員の仕事についていろいろお話しいただきました。
講師をお願いしたのは、山形県天童市の広重美術館で学芸員をされている土屋明日香さんです。

土屋さんは山形ネットのメンバーのお一人で、2月に東京・上野で開催された「被災文化財救援活動について考える会」の席上で、小林貴宏さんからご紹介いただきました。
3月の米沢での集中作業でも、学生がいろいろご指導いただくなど、たいへんお世話になっています。

本学類の博物館実習では考古学か古文書を選択することになっていますが、どうしても美術分野が手薄になってしまいます。
そこで今回、お忙しいところを無理言って土屋さんにお願いしました。

授業は、いつもの演習室を利用して行われました。
まずPowerPointで、美術館の概要や浮世絵版画についての説明を受けました。

授業風景20130620①

その後、実物の浮世絵版画を前にして、作品から情報を読み解くという、学芸員が行う基礎作業を体験しました。
初めての体験に、戸惑いながらもけっこう楽しそうです。

授業風景20130620②

授業風景20130620③

授業風景20130620④

授業風景20130620⑤

この日はたまたま卒業生が遊びに来ていたこともあり、せっかくなので居合わせた人たちにも作品をみてもらいました。

20130620-07

授業風景20130620⑥

授業風景20130620⑦

作品についての解説ののち、今回の講義のテーマでもある学芸員の仕事についてお話しいただきました。
もともとは保存科学を専攻されていたという土屋さんだけあって、美術館の展示・収蔵環境についても貴重なお話をうかがうことができました。

授業風景20130620⑧

学生にとっては、普段なかなか接することのない学芸員から直接いろいろなお話をうかがえる貴重な経験になったことでしょう。
土屋さん、有難うございました。またの機会にぜひよろしくお願いいたします。
その前にきっと米沢でお目にかかるでしょうけど(笑)。

20130620-13
2013.06.17 行政ブログ
先ほど、福島大学行政政策学類有志ブログ ガンバロウ福大!行政の「結」に、3月に米沢で行われた歴史資料保全活動に参加したときの記事が掲載されました。

行政ブログ 歴史資料保全活動:山形ネット春季集中作業に参加して

学生たちが共同で執筆してくれた文章です。
ぜひご一読ください。

なお、同ブログではこれまでも福大行政の関わった歴史資料保全活動について紹介してもらっています。
まだの方は、あわせてぜひご覧ください。

2011年7月6日 「ふくしま歴史資料保存ネットワーク」のボランティア活動に参加して

2012年6月22日 いわきでの歴史資料レスキュー活動

2012年10月31日 被災歴史資料レスキューのお手伝い

2012年12月12日 警戒区域内の文化財を守る

2013年2月20日 2年生の文化財レスキュー体験♪
今日は、6月11~15日に行われた、郡山市歴史資料館での博物館実習(館園実習)の様子をご紹介します。

館園実習は、3年生の時に自分で実習先を探して申し込み、4年生で参加するのが通例です。
本学類の場合は、担当教員が実習先を斡旋し、3年生で実習に参加するかたちをとっています。
古文書選択者のうち歴史系の文化史と地域史のゼミ生は福島県歴史資料館に、それ以外のゼミ生は郡山市歴史資料館に受け入れをお願いしています。
今年度の郡山には、比較文化講座のゼミ生3名が参加しました。

実習内容は各館ごとに、年度によっても様々です。
今年は3日目の午前中にご挨拶と見学にお邪魔しました。
福大からの3名を含め、総勢8名の学生さんが参加していました。

実習内容の一つに、新しい企画展に関わる展示づくりがあるそうで、この日はまず、展示ケースを前に展示方法の説明などをされていました。

実習郡山2013①

つづいて、展示の本番で使うパネルの作成です。
キャプションの書かれた用紙を、糊付きのスチレンボードに貼り、周囲の余計な部分を丁寧に切り取っていきます。
単純な作業のように見えますが、失敗はできません。
大きさをどのくらいにしてカットするか、見栄えなどをいろいろ考えながら取りくんでいました。
実際に展示ができあがってみると、感慨もまた一入でしょうね。

20130613-03

実習郡山2013③

午後から授業のため、途中で失礼しましたが、この後は古文書の裏打ちをやるとのことでした(もちろん、本物を取り扱うわけではありません、念のため)。
参考までに、2年前の実習の時の裏打ちの様子です。

実習郡山2011①

実習郡山2011②

郡山市歴史資料館の上杉館長には、お忙しい中ご対応くださり、有難うございました。ついつい長々と話し込んでしまいましたが(笑)、それだけ共感できるお話や有益な経験談が多かったということで、ご容赦ください。
学芸員の柳田さんにはいつも懇切丁寧にご指導いただき、感謝申し上げます。
早速ブログをご覧いただいて有難うございます。
どなたかはわかりませんが、拍手をもらえるとやっぱり嬉しいものですね。

昨晩は同僚の菊地さんと徳竹さん、伊藤喜良先生、そして特別なお客様をお招きしての楽しい会食でした。
伊藤先生は無事Windows8を使いこなせるようになるのでしょうか?(笑)

今日は水戸で、茨城ネットの皆さんやふくしまネットの関係者と打ち合わせでした。
何をしようとしているのかは、いずれこのブログで紹介します。

水戸にて

さて、今日は授業の紹介(その1)で、博物館実習です。

本学類では、菊地先生の考古学か、阿部の古文書のいずれかを選択してもらいます。
ここでは、私の担当する実習の一部をご紹介します。

博物館実習は、大別して学内実習と見学実習、館園実習からなります。
6月9日、学類の予算でバスをチャーターしてもらい、会津若松の福島県立博物館に見学実習に行ってきました。

県博では、いつものように学芸員の高橋充さんにお世話いただきました。充さんもまた、福島に来てから本当にお世話になっている方のお一人です。

今日の行程と諸注意などを受けたあと、午前中はバックヤードの見学です。

はじめに20130609

バックヤード①20130609

途中、考古学の学芸員の高橋満さんにご無理言って、案内と説明をお願いしました。
数日前に急にお願いしたにも関わらず、快く引き受けてくださり、お礼申し上げます。

バックヤード②20130609

昼食を挟んで、さらに収蔵庫を案内していただきました。
毎年見ている私ですら、いろいろな発見と驚きがあるのですから、初めて見る学生たちは興味津々だったでしょうね。

どこの博物館もそうですが、最近は高度経済成長期の家電といったものも、立派な展示品となるそうです。
ところが、大量消費の現代社会では、ある時期にはどこの家庭にもあったものでも、あとになって探そうとするとなかなか見つからないのだそうです。

収蔵品の中に古いカメラがあったのですが、今の学生はフィルム式のカメラを使ったことがない人もいるみたいですね。
フィルムを現像に出して、出来あがりがどうなったかを見るまでのあのドキドキ感って、今はあまり味わうこともなくなりましたけど、ちょっと懐かしかったりします。

その後は展示の見学です。
今年は大河ドラマの「八重の桜」の特別展の開催時期にあたっていたため、例年になく見学者で混雑していました。
用意していた時間ではまわりきれないくらい、充実した展示内容でした。大河ドラマを見ていなくても(笑)十分楽しめます。

八重の桜

最後は、館所蔵の古文書の閲覧です。
中世の古文書を間近に見ることなど、めったにできるものではありません。
学生たちもいくぶん緊張した面持ちです。

20130609-16

最初は誰しも、くずし字を読むのは難しいです。
でも、1字でも2字でも、教わった字が出てきたり、何となく読めたりすると、やはり嬉しいようですね。
どことなく遠慮がちに、遠巻きに見ていた学生たちも、だんだんと近づいてきて、読めそうな字を探すようになりました。

古文書②

毎年のことながら、貴重な体験をさせていただいた福島県博に、あらためて感謝申し上げます。

そして翌週からは、博物館実習の第1陣がスタートしました(今日で無事終了しているはず)。
その話題はまたのちほど。


阿部浩一です。
福島大学行政政策学類で文化史を担当している日本史(中世)の教員です。
このたび、ようやく重い腰をあげて(笑)、こっそりブログを開設しました。
同時に研究室の手作りHPも立ち上げました。
 福島大学行政政策学類 阿部浩一研究室

私はそもそも、ブログを読む習慣はありません。TwitterもFacebookも全くやる気がありません。
そんな私がブログを開設した理由は2つあります。

1つは、福島大学行政政策学類における歴史系ゼミの認知度が、学内外を問わずきわめて低いと感じていることにあります。
原因はいろいろあるのでしょうが、とりわけ学類の名前が大きく関わっていると考えています。

私の所属する「行政政策学類」は、その名前から、世間的には公務員になりたい学生が集まるところだと思われています(卒業生たちの進路を見ていれば、それは必ずしも間違いではないのですが…)。
そんなところに、日本史の教員がいて、しかも文学部史学科でもないのに中世史のゼミがあるなんて、誰が予想できるでしょうか。
そのせいか、着任してからというもの、次のような言葉を何度となく耳にしてきました。

「歴史をやりたいけど、地元の福大には文学部がないので、他県の○△大学を選びました。」
「福大で日本史があるのは人間発達文化学類だけだと思っていたので、入学してから行政でも日本史ができることを初めて知って驚きました。」
「阿部先生はどうして行政政策学類にいるのですか?」

かくいう私も、学生時代に前任の伊藤喜良先生の本を読んでいて、「なぜ教育学部(当時)ではなく、行政社会学部(当時)とかいう、わけのわからないところにいるのだろう?」と思っていました(笑)。
研究者仲間も、私が福島大学にいることは知っていても、行政政策学類とはどういうところなのか、きっと不思議に思っているはずです。

それはさておき、福島大学行政政策学類には、考古学の菊地芳朗先生、近代史の徳竹剛先生と阿部の計3人の日本史の教員がいます。
人間発達文化学類にいる近世史の三宅正浩先生も含めれば、全学的には各時代の教員が一通り揃っています。
今のご時世、日本史の4時代の先生が揃っているところなんてそう多くはありません。
だからこそ、福大(特に行政政策学類)で日本史を学べることを、もっと積極的にアピールしていかないといけないのではないか、そう思ったのがブログ開設の理由の一つです。

そしてもう1つの理由は、歴史資料保全活動との関わりです。

3・11の東日本大震災から2年以上経ちましたが、歴史資料保全活動は今もなお、被災県を中心に続けられています。
近隣の宮城、新潟、山形、茨城でも、資料レスキューや記録整理などの熱心な活動が続いています。

福島もできることから頑張ってやってきました。
私もふくしま歴史資料保存ネットワークの事務局、現在は代表として、さまざまな取り組みに関わってきました。
でも、2年経って振り返った時に、顕著な成果を上げている近隣県に比べると、福島はいろいろな点で立ち遅れているし、一般の方たちの関心もまだまだ低いなと感じずにはいられませんでした。
はたしてどのくらいの福島県民が、ふくしま史料ネットのことを知っているのでしょうか。
福島大学の関係者で、歴史資料保全活動のことをわかっている人がどのくらいいるのでしょうか。
そう考えると、いつも自分の無力さに苛まれ、暗澹たる思いにかられてしまいます。

歴史資料保全活動はこれから何十年、何百年という単位で続けていかなければならないものです。
そのためには、誰か特定の人たちが一所懸命やっていればよいというものではありません。
多くの人々が関心を持ち、よき理解者となり、情報を寄せ合い、協力しあうことで初めて続けられることでもあります。

だとしたら、自分たちの手でもっと積極的に福島からの情報を発信し、歴史資料保全活動を続けていくことの大切さをアピールするべきではないか、そう思った時に、その一手段としてブログの活用に思い至ったわけです。

ところで、ふくしま史料ネットについては、私が福島に来て以来公私にわたりたいへんお世話になっている、事務局の本間宏さんが震災直後からブログとHPを運営してくれています。
ただ、それはふくしま史料ネット全体としての活動の告知等であって、たとえば私が大学教員として関わっている活動内容まで逐一紹介しているわけではありません。
一方、個人のブログであれば、いつでも自分の活動状況を発信できるフットワークの軽さがあります。

このブログのもう一つの役割として、私が大学教員、史料ネット代表、あるいはボランティアの一人として、福島県の歴史・文化遺産を守りたいという共通の思いをもつ人たちとともに取り組んでいるさまざまな活動を随時ご紹介できればと思っています。
それによって、より多くの方々に「ふくしまの今」を知っていただき、少しでも関心のある方々とつながる機会になればと願っています。

もう一つついでに、冒頭の話とも関わりますが、歴史資料保全活動にとって学生・院生は貴重な担い手となっています。
手前味噌になりますが、行政政策学類(考古学・文化史・地域史)のゼミ生たちも、感心するくらい本当によくやってくれています。
そして、できるだけ多くの学生たちに歴史資料保全活動を経験させながら、地域の文化を守る主体的役割を担う人材として育成し、社会に送り出すことも、私たち歴史系教員の使命だと思っています。
そのためには、やはりゼミ生がコンスタントに集まらないと話になりません。
だからこそ、「福島大学行政政策学類でも日本史が学べる」ことを広く知ってもらい、次世代を担う多くの学生たちに集まってもらうことが大事になってくるわけです。

というわけで、初っ端からやたらと長くなりましたが(苦笑)、このブログでは、研究室・ゼミの日常の紹介と、歴史資料保全活動の報告をしていくつもりです。

すでにネタはたくさんありますが、ブログばかり書いている暇はたぶんありません。今どきの大学の教員はとにかく忙しいのです。
とりあえず、ブログを開設したのはいいが、更新が滞って三日坊主だと言われないように気をつけます。
もしかしたら、楽しくなって一所懸命更新するようになるのかも知れませんけど(笑)。

また、ブログの楽しみの一つがネット上の交流にあることはわかっていますが、おそらくコメントにレスをしている余裕はありませんので、反応がなくても、どうかお気を悪くされませんように。
御用のある方は、メール(a010*ipc.fukushima-u.ac.jp、お手数ですが*を@に変えてください)にて研究室にご連絡ください。よろしくお願いします。