約半年間にわたって構想し、準備を重ねてきたシンポジウム「ふくしまの未来へつなぐ、伝える」が無事開催の運びとなりました。

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思えば昨年12月、愛媛での全国史料ネット研究交流集会で、史料ネットと県ネットがそれぞれ活動しながら連携を模索している岡山の話をうかがいました。3月の郡山集会での静岡、三重の報告と同じく、行政主導型のネットという、従来の大学主導型とは異なる新しい取り組みを、個人的にはかなりの衝撃を以て受け止めました。そして、本来ならば震災・原発事故災害という未曽有の経験をしたところが他に先駆けてやらなければならないのに、どうしてできないのか、旧態依然として変わることのない福島のことが、一県民として恥ずかしく、情けなく思えてなりませんでした。

同じ愛媛集会で、県の文化財担当が現場教員からの人事異動でまかなわれていて、発掘などの現場経験のある教員が高齢化して後継者問題が深刻であるという宮崎の話は、内実は違うのかもしれませんが、福島とよく似た話だと感じました。
ここまで来ると、福島県という組織全体の文化財行政に対する姿勢や構造的矛盾を解消しない限り、どんなに時間をかけても、何を言っても変わらないし、根本的な解決は図れないのかもしれません。
それでも、何もしないでいるよりは何かしらアクションを起こそう、そんな思いを抱きながら福島に帰ってきたことを覚えています。

もう一つ、普段から顔を合わせる機会の多い福島県博、まほろん、富岡町の関係者がとりくんでいる活動の話は、研究者としていつも教示をいただいているばかりでなく、歴史や文化に関心を寄せる一市民としても刺激的で、知的好奇心に満ち溢れていて、誤解を恐れずに言えば純粋に面白いなと思って聞かせていただいています。
そうした話を関係者だけの中にとどめておくのはあまりにももったいない、こんな刺激的で興味深い話は少しでも多くの方に聞いてもらいたい、だったら一堂に会して紹介してもらえたら、行政の文化財担当者や一般市民など、もっとたくさんの方たちに届くのではないか、そういう思いもありました。

そしてせっかくなら、話や映像だけでなく、実物のモノを持ってきて見せてもらえたら、もっとわかりやすく親しみやすくなるだろうし、こういうものが大事なんだということもダイレクトに伝わり、何より学芸員の皆さんの熱い思いを直接感じ取っていただけるだろう、僭越ながらそんな思いで、関係機関にはわがままなお願いをして、快くご協力いただきました。

シンポジウムの名称は「ふくしま再生と歴史・文化遺産2017」とかでもよかったのですが、全幅の信頼を寄せている本間宏さんから、明るく前向きな感じにした方が人は集まりやすいですよというアドヴァイスを頂戴し、思い付きでメインタイトルは「ふくしまの未来へつなぐ、伝える」とし、サブタイトルに「歴史・文化・震災遺産の保全と活用の今」としました。
正直言えば、昨年10月の富岡町と福大のシンポジウム「ふるさとを想う まもる つなぐ」にインスパイアされたところもありましたけれど(笑)。

本来ならば考古学の遺物・遺産や美術品、動植物などの自然史資料も、地域を語る上では外せないところですが、今回は民俗芸能の記録保存と維持再生に尽力されている懸田弘訓先生に基調講演をお願いし、震災遺産、富岡町、無形民俗文化財(伝統工芸の製作技術)の各分野からご報告をお願いしました。
あとで誰かから指摘されて気づいたのですが、今回は期せずして5名中3名が民俗学の専門家でした。結果的にはそれもよかったのかもしれません。

いつものことながら、学生たちには「勉強だからね」といって(笑)力を貸してもらいました。
今回は時期的に就活と重なったこともあり、いつもほどではありませんでしたが、それでも準備段階を含めれば20名以上は関わってくれたでしょうか。有難いことです。

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余談ながら、シンポジウムには卒業生・修了生も4人ほど、一般参加で来てくれました。
こうやって社会に出て活躍する卒業生たちが、歴史学を学んだことを忘れずに顔を出してくれることは本当に嬉しいですし、ささやかながらも明るい希望がもてる瞬間でもあります。

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シンポジウム開催に先立ち、会場設営や展示準備が行われました。

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準備が早めに終わったので、福島県博・富岡町・まほろんの学芸員さんたちに開場前の特別解説をお願いしました。
学生の皆さんにとっては、これこそまさに現場でしか学べない貴重な経験、そしてぜいたくな時間なのですから、手伝ってくれたことへのご褒美の一つだと思ってください。

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どのくらい来ていただけるのか、まったく予想もできなかったのですが、始まってみるとかなりの座席が埋まっていて、追加で椅子を出すような状態でした。
会場である郡山市の品川市長には、公務でご多忙のところ、来賓としてご挨拶を賜ることができました。心より感謝申し上げます。

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不手際もあって報告者、参加者の皆様にはご迷惑をおかけしましたが、懸田弘訓先生の基調講演と4本の個別報告の終了後の展示解説と研究発表、体験コーナーの時間も盛況でした。

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意見交流の時間はだいぶ予定時間を超過しましたが、司会の本間宏さんに手際よくさばいていただきながら、大事な論点を的確に抽出していただけたので、これまでの達成や共通の問題意識、また今後の課題や指針もかなり鮮明になったと思います。

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なお、おそらくはもっと発言の機会がほしかったという方も多数おいでだと思いますので、よろしければぜひ事務局までメールにてご意見・ご感想をお寄せください。

 ふくしま史料ネット事務局 shiryo-net※ipc.fukushima-u.ac.jp 
   ※=@に変更してください

今回のシンポジウムは、「ふくしまの未来へつなぐ、伝える」ためにどのような取り組みがなされているのか、どんなことが必要なのかを、原発事故災害の被災地の事例を中心にともに考え、かたちは違えども、その成果をそれぞれの地域に持ち帰っていただき、福島県内での歴史・文化・震災遺産の保全と活用に関わる活動の普及につなげていきたい、そういう意図がありました。
その目論見がうまくいったかどうかはわかりませんが、ご講演いただいた懸田弘訓先生、ご報告いただいた内山大介さん、門馬健さん、大山孝正さんの、それぞれの活動にかける熱い思いは十二分に伝わったものと思います。
また、福島県立博物館の高橋満さん、(公財)福島県文化振興財団の國井秀紀さんの展示解説は、ともすれば難しさ、とっつきにくさを感じさせてしまう活動の内容と意義を親しみやすく、わかりやすく伝えるものであったと思います。
裏方として支えてくださった方々を含め、関係者各位にはこの場を借りて感謝申し上げます。

「ふくしまの未来へつなぐ、伝える」活動は、原発事故災害の被災地だけではなく、福島県内のどこであっても取り組まなければならない課題です。決して他人事ではありません。
地域の歴史・文化は自分たちの手で護り伝える、それを行政や専門機関、地域の大学が支えていくという、当たり前のようでいて実現の難しいことが、福島県では震災・原発事故災害を機に当たり前の文化として定着していった、後世の人々にそんなふうに評価してもらえるようになるために、これからも連携と発信・共有を続けていきたいと思います。

すでに次のシンポジウムでやりたいことは、頭の中でイメージが膨らみつつあります。
それを実現するためには、また多くの関係者のご理解とご協力が必要です。
そんな意味も含めて、変わらぬご支援をよろしくお願いいたします。
東日本大震災から6年目になるこの夏、お誘いを受け、資料レスキューに同行して初めて富岡町を訪れました。
特製?ヘルメットも久しぶりに出番です。

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郡山駅前で集合し、約2時間で富岡町へ。
途中立ち寄ったコンビニ前で看板をみつけ、あらためて富岡町に足を踏み入れたことを実感。

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今回は旧家の地域資料の保全が目的です。
富岡町歴史・文化等保存プロジェクトチーム(以下、富岡町PT)の皆さんは現場経験も豊富で、手慣れた感じで保全すべき資料を次々と箱詰めしていきました。

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お昼休みに立ち寄った別のコンビニでは、こんな光景も。
とみっぴー、あちこちで人気です(・ω・)

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途中、富岡の中心街にも立ち寄りました。
町民にとって思い出深い街並みをいかにして護っていくか、重要な課題です。
とりわけ、歴史ある象徴的な建造物の保全は、お金もかかわるだけに難しいところです。
でも、どことなく懐かしさを感じる景観を、思い出のよすがとしてもできるだけ残せるようにしていきたいものです。

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歴史資料館のある学びの森も拝見させていただきました。
新たな町民の心のよりどころとして、再生の道を歩みだすことを願っています。

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午後も多くの地域資料を救出し、一時保管場所に運び込みました。
いずれ資料整理のときに再会しましょう。

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富岡町さんとは、直接には2012年の文化財レスキュー以来のお付き合いですが、4年経ってようやく初めて訪れることができました。

人知れずレスキューを待っている歴史資料は、旧警戒区域だけでも数知れずあります。
県レベルでいったら、想像できない桁外れの量の歴史資料が眠っているはずです。

被災地は、地域性の喪失という危機感をバネに歴史資料保全活動にとりくんでいますが、残念ながらどこも同じというわけではありません。
しかしながら、今やらなければならないのは、被災地だろうがそうでなかろうが、どこでも同じです。

いかにそういう意識を高め、共有し、協力しあえる関係を構築していけるか、それこそがふくしま歴史資料保存ネットワークの発足の目的であり、はたすべき役割であることを再確認した一日でもありました。

富岡町PTの皆さん、お世話になりました。機会があればまたご一緒させてください。
福島県文化財センター白河館(愛称「まほろん」)では、7月3日(日)まで、ふくしま復興展「震災遺産と文化財」が好評開催中です。
授業前の合間をぬって、ようやく見に行くことができました。
(以下、撮影した写真はまほろん関係者の許可を得たものです)

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昨年度は郡山福島大学で展示させていただき、福島県博や富岡町でも拝見させていただいた、おなじみの震災遺産の数々が展示されていました。

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そんな中でも、まほろんを会場とするだけに、「まほろん」にふさわしい創意工夫にあふれた展示となっています。
展示に込められた意図を理解するには、やはり実際に会場に足を運ばないことにはわかりません。
会期は残すところあと1週間ほどになりましたが、まだという方はぜひご覧になってください。

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通常展示の最後の「みんなの研究ひろば」のコーナーでは、まほろんの学芸員さんたちが近年力を入れている、伝承が危ぶまれている伝統技術の復元の試み(被災地である南相馬市小高区の箕)が紹介されています。

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失われる技術を復元する資料として活用できるためにどのような映像を残したらよいのか、その映像を手がかりにどうやって技術から民具そのものまで復元できるかという、壮大な試みです。
担当者のお二人にお話をうかがうことができましたが、伝統技術の保全と継承という、重要でありながら見過ごされてきた点を掘り下げた、かなり面白い取り組みです。
これこそまさに、文化財センターの真骨頂といっても誉めすぎではないと思います。

いろいろな文化財関係者が、それぞれの専門や関心に即して、自分たちのできるところから、ふくしまの歴史・文化遺産の保全と継承にとりくんでいます。
気の遠くなるような作業の連続で、いくら片付けても終わりは一向に見えない活動でもあります。
被災地で歴史学に携わる者としての使命感と覚悟だけでは、なかなか続けられるものではありません。
そんな中、豊かなアイデアを一つ一つ実現させながら、明るく前向きに取りくんでいる仲間たちの姿に接して、またがんばろうという気持ちを新たにしました。

そんな私は日々、古文書学実習を履修する3年生たち、熱心に後輩を指導する4年生たち、そして市民ボランティアの皆さんに支えられながら、徳竹先生とともに被災歴史資料の記録整理を続けることができています。
9月にまほろんにて、そうした経験と技術を少しでも多くの人たちに伝えられるよう、被災歴史資料の記録に関する文化財研修をお手伝いすることになりました。
詳細は後日、ふくしま史料ネットでもご案内いたします。
少しでも多くの皆様のご参加をお待ちしています。
今日は3回目の古文書整理でした。
長くなりそうなので、久しぶりにブログに書きます。
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まず、仕事帰りのNさんに寄っていただけたので、カビ除去などのクリーニングをご指導いただきました。
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この束、いつになったら終わるんでしょうか…。でも、みんなでがんばりましょう。
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今日は新しい動きがいくつも。
3年生にも早速、目録作りに関わってもらうようにしました。
4年生には指南役(?)というか、サポートに入ってもらいました。
古文書辞典も使い慣れていない後輩たちをていねいに指導してくれて、どうもありがとう。
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徳竹先生の発案で、今回から目録作成と撮影を並行して行う試みも始めました。
撮影が快調に進む一方で、目録作成が滞ってばかりの現状を打開するための一案です。
まだ試行錯誤の段階ですが、うまく行けば、撮影と画像のチェック、目録作成を同時並行でできるようになるかもしれません。
当然、機材もたくさん必要になります…お金もいるし…でも、先生たちみんなでがんばるよ。
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終わった後は、いつも差し入れしていただくKさんからの果物と飲み物を頂戴しました。
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そして、わたしの人生でもっともお世話になっている方からの下賜品も分けっこしました。
伊丹空港のゆるキャラだそうですが、どことなくFUREのめばえちゃんに似ている気も…。
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わたしの好きなあるバンドの曲に“逆風”というのがあるのですが、何となく聴きたくなって、10年ぶりぐらいにかけてみました。
今は何となくそんな気分です。
モヤモヤしてすっきりしない気分のときに、Heavy Metal の激しく美しき調はやっぱ最高です(・ω・)
福島にいてはできないけれど、久しぶりに大人の爆音のひとときを満喫したい気分になりました…。
気がつくと、きちんとブログの記事を書くのはまる1か月ぶりになっていました。
この間、第2回全国史料ネット研究交流集会が無事終了し、その後の片付けや卒業式、たまった原稿+新規の原稿の仕事をこなしていたら、あっという間に入学式、新入生ガイダンスの仕事、そして新学期が始まっていました。
facebookページの方は比較的手軽かつ簡潔に記事を書いて写真を紹介できるのですが、ブログとなると、やはりまとまった内容をしっかり書こうと、ついかまえてしまうので、滞りがちになってしまったのかもしれません。

本当ならば、第2回全国史料ネット研究交流集会のことを記事に書かなければならないのですが、その内容があまりにも多いかつ重いものなので、いつか振り返りながら書くことになると思います。
いちおう『福島民友』4月6日号の文化面に寄稿させていただきましたが、残念ながらネットで記事は配信されませんので、どこかでお読みいただけるようにお願いしてみます。

さて、久しぶりにブログを書こうと思ったのは、『福島民報』の「県主体で設置、運営 アーカイブ拠点施設」という記事を読んだからです。

震災アーカイブ施設については、同僚の菊地芳朗さんが『ふくしま再生と歴史・文化遺産』(山川出版社)のなかで、アーカイブ施設を含んだより幅広い「震災ミュージアム」構想を提起されるなど、以前からその必要性が叫ばれていました。
昨年ごろから県への設置要望の答申が出され、新年度になってようやく実現への第一歩を踏み出したようです。
本来ならばたいへん喜ばしいものなのかも知れませんが、手放しでそうもできないところがあります。

現段階では構想の具体的中身が見えていないので何とも言えませんが、博物館や自治体が独自に震災遺産の保全・収集やアーカイブ事業に積極的に取り組んでいるのに比べ、県の取り組みはまだまだ不十分です。

第2回全国史料ネット研究交流集会で話を聞いた方であればお分かりのように、大震災の経験を後世に伝えようとする他県、防災意識の高い他県、地域再生のために歴史・文化遺産を必死に護ろうとする県内自治体の取り組みやその言葉には、学ぶべきものがたくさんありました。
でも、あの会に、はたしてどれだけの県関係者が出席していたのでしょうか。
もしおいでだったのであれば、アーカイブ施設の問題について何かしらの発言はいただきたかったところです。

本来ならば、福島県はあの悲惨な震災・原発事故の経験に基づいて、歴史・文化遺産・震災遺産の保全と継承、研究活用、文化遺産防災などについての先駆的取り組みをなしてもいいはずなのに、残念ながら他県や県内自治体のはるか後塵を拝しているのが現実です。
それなのに「オリンピックに間に合わせる」ために、わずか2年間できちんとしたものを構想・準備できるのでしょうか。

また、言葉尻をとらえるようかもしれませんが、「再生の歴史と未来館」という名称も気にかかります。
もし震災と原発事故を起点に被災から復興の歴史を語るものに終始するのであれば、それこそ富岡町や双葉町の皆さんが懸念しているような「震災・原発事故を起点に地域の歴史が語られ、それ以前の豊かな歴史との断絶が生じてしま」い、「自分たちが郷土への愛着とアイデンティティを素直に抱き、表明できなくなる」ことになりかねないのではないかという疑念もわいてきます。

なぜあのような未曽有の事故が起こったのか、その歴史的経緯を含めて検証するためには、関係資料をしっかりと保全・収集し、多分野からの学際的な研究を保障する環境整備や人員配置も必要です。
国が財政負担するとかしないとか言っていますが、国が関与せずに県独自でやるほうがむしろ、国の意向に左右されず、フリーハンドで原発関連資料を収集・公開し、研究することができるのではないかとさえ思います。

とにかく、きちんとしたものを作るには、それ相応の準備のための時間と手間が必要だと思うのです。
それでももしオリンピックに間に合わせようとするのであれば、一方ならぬ集中力と労力をかけて取りくまなければならないでしょう。
もちろん、目標を定めて集中的にやった方が、結果としていいものができることもあるので、ただ時間をかければいいというものでもないでしょうが。

願わくは必要な時間をかけて、県が主体となってできるだけ多くのアーカイブを収集・保全し、被災地の住民に寄り添いながらその思いを丁寧に汲みとり、震災アーカイブの保全や収集に関わった関係者や専門家たちの多様な意見にも真摯に耳を傾けながら、議論を尽くした上で県民の英知を結集し、皆が納得してよかったと思える、後世の人たちに意義あるものを作っていただきたいものです。

ふくしま史料ネットのfacebookページに掲載するにはふさわしくない、一個人の見解ですので、久しぶりにブログ記事に書くことにしました。

今度はぜひゼミの楽しい話を書きたいものです(・ω・)

※事実誤認があったことを踏まえ、表現を修正するなどしました。
 ちょっと行き過ぎた部分もあったので、あわせて手直ししました。趣旨は変わっていません。
 ご指摘をいただき、ありがとうございました。